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横浜地方裁判所 昭和53年(ワ)2397号 判決

原告

小嶌ミヤ

原告

中屋範治

原告

井上恒子

右三名訴訟代理人

山下光

被告

中屋長一

右訴訟代理人

大林清春

池田達郎

白河浩

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告らは昭和四九年一〇月一九日当時別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を持分各三分の一の割合で共有していたものである。

(二)  被告は原告らの従兄弟であり、いわゆる本家にあたるものであるが、不動産の仲介、売買、貸付並びに金融業を営む株式会社栄不動産(以下栄不動産という)の代表取締役であつて、個人としても昭和四八年七月一〇日まで不動産取引業の登録免許を有し、不動産取引を業としていたものである。

(三)  原告らは昭和四九年一〇月一九日被告に対し経費税金等一切を控除した後の原告らの手取価格が3.3平方メートルにつき四〇万円以上となる価格で本件土地を売却するための仲介及び買手があつた場合右の価格で被告が原告らの代理人として売買契約を締結することを委任した。

(四)1  被告は不動産取引業者として右委任に基づく仲介行為につき原告らに対し信義を旨とし、誠実に業務を行う義務を負い、故意に重要な事項について事実を告げなかつたり、不実のことを告げたりする行為は禁じられている。

2  仮に、被告が不動産取引業者と認められないとしても、被告は前記のとおり過去に不動産取引業者としての免許を有していたものであり、被告が代表者として経営する栄不動産はその定款に不動産取引を業とする旨の定めがあり、被告は時に応じて栄不動産の名を利用して不動産取引を行つていたものであるから、被告は不動産業者としての外観を作出していたものであつて、原告らは被告が不動産取引業者であると信じて前記委任をしたのであるから、被告は原告らに対し不動産取引業者としての義務を負つているものである。

3  仮に、右主張も認められないとしても、被告は仲介行為の受任者として信義誠実義務及び善良な管理者としての注意義務を負つているものというべきである。

(五)  しかるに、被告は昭和四九年五月頃から株式会社ダイエー(以下ダイエーという)がその仲介人である三福不動産株式会社(以下三福不動産という)を介して本件土地を買い入れたいとの申入れをしており同年秋頃には3.3平方メートルにつき約九〇万円の価格を提示されていたほか、他にも買取希望者があつたのにこのような事実を秘し、原告らから前記委任を受けて本件土地の売買を被告に委任する旨の委任状をとつて原告らが他に売買する道を封じ、さらに同月二八日には原告らに対し三〇〇〇万円を月五〇万円の利息を支払う約定で貸付け、本件土地のうち六六〇平方メートル(二〇〇坪)に右貸金を被担保債権とする抵当権を設定させて、本件土地の他への売却を困難にした上、同年一一月中旬頃原告中屋範治に対し他に買手が存しない旨虚偽の事実を告げ、被告において本件土地を一億三〇〇〇万円で買取りたいとの申出をした。そのため、原告らは被告の申出金額以上で他に売却することはできないものと誤信して被告との間で同月二五日本件土地を代金一億三〇〇〇万円で売渡す旨の売買契約(以下旧契約という)を締結した。もつとも、右契約については代金のうち三〇〇〇万円は原告らが先に被告から借受けていた三〇〇〇万円を代金の一部として充当することとしたが、残金一億円については同年一二月二五日までに支払うものとし、被告が同日までに一億円を調達できなかつた場合には効力を失う旨の特約が付されていたものであるところ、被告が同日までに一億円を調達することができなかつたので、右特約に基づき旧契約は一旦失効した。ところが昭和五〇年五月頃被告とダイエーとの間で売買成立の見込みがついた被告は再度本件土地買入れの申込みをした。そこで、前記のとおり被告主張の金額以上では売却できないものと誤信していた原告らは同月二〇日被告との間で再度代金一億三〇〇〇万円で本件土地を売渡す旨の売買契約(以下本件契約という)を締結したところ、本件土地を買受けた被告は同年八月八日本件土地を3.3平方メートルにつき九〇万円でダイエーに売却した。

(六)  以上のとおり、被告は前記委任契約に基づく仲介人としての義務に違反し、原告らが本件土地を他に売却する道を封じた上で高額の買手があるのにこれを秘し、被告主張の金額以上では本件土地を売却することができないと虚偽の事実を告げて原告らをその旨誤信させ、自己が買手となつて不当に低廉な価額で本件土地を買受けて売買差益を取得したものであるから、委任契約上の債務不履行があつたものということができ、又、被告の右一連の行為は不法行為にも該当するものということができる。

(七)  原告らは被告の右債務不履行ないし不法行為がなければダイエーに対し本件土地を被告の売却価額である3.3平方メートル(一坪)につき九〇万円の価額で売却し得た筈であるところ、本件土地は1280.54平方メートルであるからこれを三八八坪として計算するとその代金総額は三億四九二〇万円となる。原告らは被告から本件土地の売買代金として契約上の金額一億三〇〇〇万円を受領したほか、後に、本件土地の公簿面積と実測面積との差に対する清算金として七〇〇万円を受領したので、右合計一億三七〇〇万円を右三億四九二〇万円から控除した残額二億一二二〇万円が原告らの蒙つた損害である。

(八)  よつて、原告らは被告に対し債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として各七〇七三万三三三三円及びこれに対する本件売買の翌日である昭和五〇年五月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否〈省略〉

三  抗弁

(一)  仮に、原告と被告との間に仲介委任契約が成立していたものとしても、右仲介委任契約は旧契約の成立した昭和四九年一一月二五日に解除されたものである。したがつて、それ以後半年近く経過して締結された本件売買契約につき仲介委任契約の債務不履行責任を問われるいわれはない。

(二)  原告らと被告は、被告が本件土地を転売した事実を原告らが知つて後である昭和五〇年一一月二八日本件土地の公簿上と実測との地積の相違等に基づいて生じた紛争につき和解契約を締結したが、右和解契約には原告らと被告との間には本件契約に関し右和解契約に定める以外一切の債権債務のないことを確認する旨の条項がある。したがつて、右和解契約以前に本件契約につき原告らが被告に対し何らかの債権を有していたとしても、右和解契約により消滅したものというべきである。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁一については、本件契約締結以前に仲介委任が解消したとしても、被告は仲介委任契約に基づいて本件土地に買手があること、購入希望者がダイエーであること、他にも購入希望者があること、価額が3.3平方メートルにつき九〇万円で交渉されていること等を委任者である原告に報告し、委任に基づいて知つた事実を委任者に不利に利用してはならない義務があるのにこれを履行しなかつたのであるから、被告はそのことによつて原告らに生じた損害について原告らに債務不履行による損害賠償をなす義務がある。

(二)  同第二項の事実中、被告主張の日に原告らと被告との間に和解契約が成立した事実、及び、右契約に被告主張の条項がある事実は認める。しかし右和解契約は、主として地積の相違の点についての紛争を解決する目的で締結されたものであり、当時原告らは被告とダイエーとの売買契約の詳細は知らず、被告に本件のような債務不履行や不法行為がある事実は知らなかつたのであるから、右和解条項によつて本件損害賠償請求権が消滅したとはいえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が請求原因として主張する事実のうち、原告らが本件土地の共有者であつた事実、被告が原告らの従兄弟であり、本家にあたるもので、栄不動産の代表者であり、昭和四八年七月一〇日以前不動産取引業者の免許を有し、かつて不動産取引を業としていたことがある事実、昭和四九年中にダイエーから被告に対し本件土地買取りの交渉があつた事実、昭和四九年一〇月一九日被告が原告らから被告に対し本件土地の売買を委任する旨の委任状をとつた事実、同月二八日被告が原告らに対し三〇〇〇万円を月五〇万円の利息を支払う約定で借受け、本件土地のうち六六〇平方メートル(二〇〇坪)について右貸金を被担保債権とする抵当権を設定した事実、昭和四九年一一月中旬頃、原告らと被告との間で本件土地売買の交渉がなされ、同月二五日旧契約が成立し、その売買代金に前記貸金が充当された事実、旧契約には被告が昭和四九年一二月二五日までに売買代金中右充当により支払済みとなつた三〇〇〇万円を除く一億円を調達できなかつたときは効力を失う旨の特約が付されており、右特約に基づき旧契約が失効した事実、昭和五〇年五月原告らと被告との間で再度売買の交渉がなされ、同月二〇日本件契約が成立した事実、被告が本件土地をダイエーに売渡した事実、及び、本件土地の売買代金として被告から原告らに対し契約上の一億三〇〇〇万円といわゆる縄のびに対する清算金として七〇〇万円が支払われた事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二右争いのない事実と〈証拠〉を綜合すると次の事実が認められる。

(一)  本件土地はもと原告らの父中屋義三郎の所有であり、ここに原告らの生家があつた。義三郎の死後、義三郎の妻キクと、その子である原告ら及びその兄弟の間で遺産分割協議がなされ、兄弟間で中屋家の跡つぎとみられていた中屋通(以下通という)と母キクが各二分の一の割合で本件土地を共有するに至つたが、母キクは昭和四八年に死亡した。ところで、通はかねて中屋通運株式会社(以下中屋通運という)を経営していたが、中屋通運の経営が苦しくなり、その資金繰のため、自己名義で昭和四九年春頃金融業者である難波甲子朗(以下難波という)から二〇〇〇万円ないし二五〇〇万円を借入れ、その利息の支払いも滞つたため同年七月二九日付で右借入れ金元本に利息を加えた二九五〇万円を新たな元本とし、支払期日を同年一〇月二五日と定め、右二九五〇万円の債務について通所有であり本件土地に隣接する相模原市相模原三丁目二七〇番四宅地194.14平立メートル、同番八宅地213.71平方メートル(以下枝番八の土地という)に抵当権を設定し、代物弁済予約の仮登記を経由していたほか、中屋通運、及び通の債務は右三〇〇〇万円を除いても数千万円にのぼる状態となつた。

(二)  そこで、原告中屋は、通及び他の兄弟らと図り、原告中屋が中心となつて通の不動産を処分してその債務を整理することとした。その際、本件土地については、一旦通の名義をなくし、債権者らからの追及をさけた上、任意処分をすることとし、母キクの持分については原告ら三名が各三分の一の割合で相続し、通はその持分を放棄して原告ら三名の共有とした後、原告中屋が中心となつて売却し、その代金をもつて通の債務の整理をすることとし、同年九月一一日付で右内容による相続登記及び持分放棄の登記をした。そして、原告中屋及び通は以来本件土地を含む不動産の売却を図つたが適当な買手がみつからないまま、同年一〇月にいたり中屋通運は不渡手形を出して倒産した。

(三)  被告は昭和四九年当時本件土地に隣接する被告所有地上のボーリング場を栄不動産名義で経営していたが、同年春頃ダイエーから三福不動産を介して被告所有地売買の意向の打診があり、同年九月頃には被告から具体的金額を呈示して売買の交渉がなされるまでになつた。ところで、ダイエーは店舗用地として被告所有地とあわせて隣接する本件土地をも取得したい意向であつたが、当時本件土地上には通所有の建物があつたことや、複数の所有者から同時に購入することによつて生ずるおそれのある後々の紛争をさけるため、ダイエーとしては、被告が一旦本件土地を取得し、被告の責任において明渡をしたうえ、被告所有地として一括売買することを希望していた。

(四)  そこで、被告は本件土地や通所有地の登記簿により前記のような本件土地についての所有権移転登記の経過や、通所有地に対する抵当権設定登記等のなされている事実を調べた上、昭和四九年九月下旬頃原告らの兄弟のうち比較的交際のあつた下村竹子に問い合わせの電話をした。そして、このことがきつかけとなつて、原告中屋と被告との間で本件土地の売買について交渉がもたれることとなつた。その際、原告中屋は被告に対し通の債務の概要を話し、本件土地を売却して通の債務の整理をする必要があることを告げ、被告に対し本件土地売却について尽力を依頼した。被告は当時本件土地の売却について他に仲介をする意図はなかつたが、前記のようなダイエーとの交渉経過に照らしダイエーとの間の売買交渉がまとまれば本件土地を買取る必要があるところ、当時は売買の成否が未定であつたことから、原告中屋に対してはダイエーとの交渉があることや、自己が買取る意思のあることは告げなかつた。しかし、原告らが被告が買取りを決める以前に本件土地を他へ譲渡することを出来るだけ防ぐため及び本件土地買取代金借入れの資料とするため、原告中屋に対し、本件土地売却について検討し、尽力することを約した。その際、本件土地売却の価額についても協議がなされ、原告中屋から売却に要する諸費用を除いた手取額(譲渡所得税込み)として3.3平方メートルにつき四〇万円以上とする希望が出された。そして、昭和四九年一〇月一九日原告中屋から被告に対し原告らが被告に対し本件土地を手取額三3.3平方メートルにつき四〇万円以上で売却する権限を委任する旨の委任状を交付した。なお、原告中屋は同月三〇日付で被告の求めにより売買希望価額の入らない委任状を再度被告に交付した。

(五)  その間、原告中屋と被告は本件土地の売却に関する交渉とあわせて、弁済期の迫つている難波からの通の債務の処置についても話合い、被告がとりあえず三〇〇〇万円を他から借入れ、難波より低利で原告らに貸付けて難波に対する債務を整理し、原告らは本件土地が売却できたとき売買代金から被告に弁済する話がまとまつた。そこで、同月二八日被告は八千代信用金庫から三〇〇〇万円を借入れ、利息を一か月五〇万円(うちほぼ半額は被告が八千代信用金庫に支払う金利となる)とし、本件土地を右貸金の担保とする合意のもとに、栄不動産名義で原告らに貸付け、本件土地について、栄不動産、被告の子隆、妻久子名義による売買予約の仮登記をした。原告らは右借入れ金をもつて難波に対する通の債務を弁済して、難波の担保権を消滅させたうえ、原告中屋と通が協力して前記枝番八の土地を同年一二月一四日に売却し、売買代金三七五〇万円(3.3平方メートルにつき約六〇万円)を通及び中屋通運の債務の整理にあてた。

(六)  被告とダイエーとの間の被告所有地及び本件土地の売買交渉は昭和四九年一一月中頃までに被告とダイエーの担当者との間で売買代金については3.3平方メートルにつき九〇万円とすることでほぼ話がまとまつた。そこで、被告は本件土地の実測をして将来の売買に備え、原告中屋に対し原告らの希望する価額では売れないため本件土地を代金一億三〇〇〇万円(3.3平方メートルにつき約三五万三〇〇〇円)で自己が買取る旨を申入れ、原告らもこれを承諾して同月二五日、被告と本人兼その余の原告らを代理する原告中屋との間で旧契約が締結された。しかし、当時ダイエーとの売買交渉はダイエー内部の決済がなされていず、いまだ不確定であり、被告の購入代金調達の見込みも不確定であつたため、右売買契約に際しては、代金のうち三〇〇〇万円は前記貸付金を充当するが、その余の一億円の支払について前記認定のとおりの特約が付されていたところ、被告は期日までに残代金の調達ができなかつた。そこで、昭和五〇年一月一八日原告中屋と被告との間で旧契約が特約に基づき失効し三〇〇〇万円の貸借が復活したことを確認し、三〇〇〇万円の弁済期を四月二〇日とし、原告らは旧契約成立後の利息分を清算して支払い、同年一月二〇日以降の利息については原告中屋において各月二〇日を支払期日とする額面五〇万円の手形を振出すこと、四月二〇日までに土地の売却ができず三〇〇〇万円の支払ができなかつた場合には原告らの要請によつて弁済期を延期することなどが合意された。

(七)  被告とダイエーとの売買交渉は暫く進展しなかつたが、同年五月頃ダイエー側で地元商店街との出店の調整ができることを条件として被告から被告所有地及び本件土地を一括して買受ける意向を明らかにした。そこで、被告においても本件土地売買代金借入れの目途がついたため、その頃被告は原告中屋に対し本件土地を旧契約と同額の代金で買受けることを申入れ、原告らも売買代金額を特に問題とすることはなく直ちに承諾し、同月二〇日被告とその余の原告らの代理人兼本人である原告中屋との間で本件契約が締結された。

(八)  被告は同年八月八日ダイエーとの間で被告所有地と本件土地とを一括して、ダイエーと地元商店街との出店調整がつくことを条件として売渡す契約をし、同年一一月頃出店調整がつき右売買契約は確定した。右売買契約における売買代金は国土利用法による規制を受けたため形式上3.3平方メートルにつき八四万一五〇〇円と定められたが、被告とダイエーとの間では前記の合意に基づき、地上建物の補償等の名目で実質3.3平方メートルにつき九〇万円となるよう合意された。

(九)  なお、被告所有地と前記通所有枝番八の土地はいずれも二五メートルの県道に接する角地であるが、本件土地は右県道からみて被告所有地等の裏側にあるため、通常被告所有地と本件土地とを別途に売却する場合相当の価格の差があり、昭和五〇年一月一日当時における課税評価額は被告所有地の方が本件土地よりも2.5倍以上の高額であつた。

(一〇)  原告中屋は相模原市内で社会保険労務士として事務所を開いているものであり、原告井上は昭和四〇年頃から相模原市内の京相不動産に勤務し、不動産取引業に従事している。

原告中屋、被告各本人尋問の結果中には右認定に反する部分があるが、原告中屋の供述は不自然、不合理な点が多く作為が疑われ、被告本人尋問の供述は曖昧で前後矛盾するところがあつて記憶の正確性に疑問があり、右認定に反する部分はいずれもにわかに措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠がない。

三右認定の事実によれば、先ず、原告らと被告との間には被告が原告らから本件土地売却に関する委任状を取得した昭和四九年一〇月一九日までに本件土地売却について仲介の委任(準委任)契約が成立したものということができる。もつとも、右委任状取得当時、被告は内心では本件土地について第三者に売却するための仲介をする意図はなく、将来自己が買取るまでの間に原告らが他に売却するのを防ぐ趣旨で売却に尽力することを約し、委任状を取得したものであることは前記のとおりであるけれども、被告は右のような意図を秘し、売却に尽力することを約して委任状を取得したのであるから、被告が内心右のような意思を有していたとしても仲介委任が成立した旨の右認定の防げとはならないものということができる。

そして、不動産の仲介委任は相手方の債務不履行などがなくてもいつでも解除できるのであるから、当事者の一方が委任契約を終了させる意思を明らかにしたときは解除により終了したものというべきところ、右認定の事実によれば、被告が原告中屋に対し自己が買取る旨を申出たとき(ないし遅くとも旧契約が成立したとき)には原告らと被告との間の仲介委任契約は終了したものと認められる。

そこで、右委任契約の継続中に被告に委任契約上の債務不履行があつたか否かについて検討する。

原告は、被告は不動産取引業者ないしその外観を有する者として、委任に基づく仲介行為について原告らに対し信義誠実に基づいて業務を行う義務を負い、故意に重要な事項について事実を告げなかつたり、不実のことを告げたりする行為を禁じられており、仮に業者でないとしても仲介行為の受任者として信義誠実義務及び善良な管理者としての注意義務を負つているのであるから、本件土地についてダイエーその他の買手があつたときはその相手、買受け条件等を報告する義務があるのにこれを秘し、原告らの希望するような価額では買手がないと虚偽の事実を報告したと主張する。

ところで、被告が不動産取引業者ないしその外観を有する者であるか否かは暫くおき、不動産仲介の委任を受けた者は、不動産の仲介行為をする以上は信義誠実に仲介行為を行う義務があり、故意に重要な事項について事実を告げなかつたり、不実のことを告げたりしてはならないことは原告ら主張のとおりである。しかし、仲介行為の受任者は仲介行為の委任者に対し仲介行為による契約を成立させる義務、いわゆる奔走義務は負わないものと解するのが相当であるから、本件土地につき買手がいるのにそのことを告げず、買手はいないといつて本件土地の仲介行為に着手しなかつたとしてもそのこと自体は仲介委任契約の債務不履行とはならないものと解される。のみならず、前記認定の事実によればダイエーは、被告に対し、本件土地を被告所有地と一括して被告から買受ける意思を被告に示していたものであり、被告所有地の売買と別途に本件土地のみを原告らから直接買取る意思を有していたものと認めるに足りる証拠はない。なお、原告らはダイエーの他にも本件土地の買手があつたと主張し、被告本人尋問の結果によれば、被告のもとに当時ダイエーの他にスーパー業者である赤札堂からも被告所有地及び本件土地の売買の意向を打診して来た事実はうかがわれるけれども、赤札堂に本件土地のみを独立して購入する意図があつた事実を認めるに足りる証拠はなく、被告が当時差当つて被告所有地を赤札堂に売却する意思のなかつたことは前記ダイエーとの交渉状況に照らし明らかであるから、赤札堂が本件土地の買手であつたということはできないし、他に当時本件土地の買手があつたことを認めるに足りる証拠もない。したがつて、この点に関する原告らの債務不履行の主張は理由がない。

さらに、原告らは、被告が仲介委任を受けた地位を利用し、原告らが本件土地を他に売却できないようにした上で、被告の希望する価額で本件契約を締結させたことが、委任契約の債務不履行に当ると主張する。しかし、前記のとおり、原告らと被告との間の委任契約は遅くとも旧契約の成立した昭和四九年一一月二五日に終了したのであるから、その後約半年も経過した昭和五〇年五月二〇日被告がかつて委任を受けていた地位を不当に利用して本件契約を締結したとしても、それが不法行為になるか否かは格別、委任契約上の債務不履行には当たらないものと解するのが相当である。

したがつて、債務不履行を原因とする原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四そこで、不法行為について判断する。

原告らは、被告は本件土地の売却について仲介委任を受けて、委任状をとり、原告らに金員を貸付けて本件土地に担保権を設定するなどして、本件土地を自由に売れないようにした上、真実はダイエーが3.3平方メートルにつき九〇万円という高額で買受けようとしているのに他に自己より高い買手はないと詐つて原告らをそのように誤信させ不当に安い価額で本件契約を締結させ、ダイエーの買値と本件契約における代金との差額相当の損害を蒙らせたと主張する。そして、被告が本件土地売却について仲介委任を受けて委任状をとつた事実及び原告らに金員を貸付け本件土地を担保とした事実は既に認定したところである。しかし、被告が委任状をとつて仲介委任を受けていたのは前記のとおり旧契約成立時までであり、旧契約失効後は先に仲介委任があつたことが原告らが本件土地を自由に売却する妨げとなつたものと認めることはできないし、被告の金員の貸付、担保設定については、前記のとおりもともと通の金融業者からの債務の整理の必要上なされたものでそれ自体不当なものではなく、原告中屋本人尋問の結果によれば、本件契約締結までの間同原告は右貸金については弁済期は一応のもので協議により適宜延期することができると考えていたもので、被告が強引に担保権を行使するとは考えていなかつたことが認められるから、被告の金員貸付、担保権設定などが原告らが本件契約を締結する際自由な判断をなす妨げとなつたものとも認められない。ところで、一般に不動産の取引において、売手が不当に売買に際しての自由な意思決定を妨げられるような状況にない限り、買手において売手に対し、他に自己より高額に買取る意思のある者があることを知り乍らこれを告げず、あるいは、単に高価に転売する予定があるのにその事実を告げず、自己の希望する価額で売買するよう勧誘し、その結果その価額で売買契約が成立したとしても、直ちに不法行為とはならないものと解すべきである。そして、原告らと被告との間にかつて委任関係があつた事実や、金銭の貸借があつた事実等が本件売買に際し原告らの自由な意思決定を妨げるものでないことは既述のとおりであり、他に原告らが本件土地の売買について自由な意思決定を妨げられていた事実を認めるに足りる証拠はない。さらに、原告らの請求は本件契約がなければ、原告らが当時本件土地を本件契約以上の価額で売却できたことを理由とするものであるところ、原告らが本件土地を被告所有地と別途にダイエーに原告ら主張の価額で売却し得たものと認められないことは既述のとおりであり、他に原告らが本件土地を本件契約当時本件契約以上の価額で売却することができた事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、前記のとおり、通常本件土地より相当高額に取引しうると認められる枝番八の土地を原告らは3.3平方メートルにつき約六〇万円で売却していること、これまでに認定した事実に照らすと原告らは債務整理の必要上、旧契約失効後被告とは別途本件土地の買手を探していたと推認されること(この点に反する原告中屋本人尋問の結果は措信できない)、原告井上は前記のとおり相模原市内で不動産取引業に従事していたのであるから、本件土地の取引価額についても相当の判断力を有していたものと推認されること、前記のとおりもともと原告らが本件土地の売却を原告に依頼した際の希望価額が諸経費を控除した手取3.3平方メートルにつき四〇万円であつたことなどのほか前記認定の本件契約にいたる経緯に照らすと、原告らは当時本件土地を本件契約以上の価額で売却することはできなかつたものと推認される。

したがつて、被告が本件契約により原告ら主張の金額で本件土地を買取つた行為は、親族としての情宜、道義上の観点からの当不当は兎も角、不法行為とまでいうことはできないから、原告らの不法行為を原因とする請求もその余の点について判断するまでもなく理由がない。

五よつて、原告らの請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(小田原満知子)

目録〈省略〉

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